降っても晴れても

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華麗なる仮定法の世界ー『ラ・ラ・ランド』を見て

最近、あまりにも衝撃が強い映画や小説に遭遇すると自分の中で話を処理できずに終日間引きづり続けてしまうのですが、『ラ・ラ・ランド』は正にそんか感じで、見終わってからずっとララランドについて考え続けている。
 
ミュージカル大好きなのでわくわくして見に行って、音楽も映像にも大満足だったのですが、あの終わり方つらすぎません?
 
(以下、壮大なネタバレを含みます。)
 
 
 
 
 
 
 
 
2人の夢が同時に叶えられることがないことは作中でも明らかだし、ミアとセブが別々の人生を歩むという結末はある程度理解できる。
 
でも、あのミアの想像の世界は本当にどうかしている。あの一連の場面を見ていると本当に仮定法ってこうゆうときに使うものなのだなと心底思いました。
 
ミアがオーディションに合格してからの映像も泣き出しなくなるような空想の世界ですが、彼女の中でそれ以前の人生がほんの少し良いものとして想像されているところも本当につらい。
 
ちなみに公開されてからのテレビCMは若干内容が変わりましたが、公開前から直後に流れていたCMは主にミアの想像の世界を使用したものだったというのは、ずるいとしか言いようがない。
 
 
出会いの場面で「あれ・・・?CMで見ていたのと違うぞ。あのスタイリッシュなキスシーンは一体どこで流れるんだ?」と思いながら見ていたので、実際に流れたときに「ここかよ!!!やめてくれ!!!」となりました。
 
セブとの決定的な出会いも現実よりロマンティックで、彼女の1人芝居も大成功を収める。でもあの一連の映像の中で一番重要なのは、セブがキースを撥ね付けるところですよね。
 
ミアの想像の世界において一番重要なのは、やっぱりセブがキースの誘いを受けない、つまり夢を諦めるという点にあるんですね。
 
ミアの空想の世界では、彼女が女優として成功するきっかけとなる映画の撮影にもセブは同行しているので、彼はバンド活動を辞めたことになるし、それに彼女の空想は、夫婦になった2人が現実のミアと夫のように偶然ライブハウスを訪れ、ピアニストの演奏を聴くというところで終わっている。
 
つまり、彼女の空想の世界ではセブは完全にジャズを諦めて彼女に人生のすべてを捧げていることになるので、仮にそうゆう人生が実際にあったとしても、2人は(少なくともセブは)本当の意味で幸せにはなれなかったんだろうなと思いました。
 
ミアにとってセブは、"Someone who can lift you off the ground.” で "Someone in the crowd take you where you want to go.” だったんだな〜〜と自分を納得させています。
 
最後にセブがミアに向かって微笑む場面がせめてもの救いですが、人生最大の夢を叶えた2人はとても幸せなんでしょう。
 
ちなみにあのオープニングナンバーの Another Day of Sun をダウンロードしたのですが、最初に歌い出す黄色い服(!)を着た女の子が、昔のボーイフレンドとの気持ちは本物だったけど夢を叶えるためにさよならをしたと歌っていて、いつか彼がスクリーンで自分を見たときに過去のわたしを思い出すだろうと旨のこと (原文は、"He’ll see my face and think of how he used to know me.”) と言っているので、この辺りがミアと重なって仕方ないです…
 
 
もう一度劇場に観に行きたい!!!